看護学生 コツケンブログ

看護学生です。思ったことを書いています。

SMAP15 たぶんオーライ

SMAP、15枚目のシングル。

たぶんオーライ。

 

何でもかんでも、真面目に考える。

人生をしっかり生きているともいえるが、いつも真面目ではおもしろくない。

「適当」くらいが調度いいことも世の中には多い。

 

真面目な人の悩みに「真面目すぎるのが悩みです」なんて悩みがある。

 

何を言っているのか分からないという人もいるであろうが、

簡単にいうと、真面目な人は物事を適当にすることが難しいのである。

 

どこまで手を抜いていいのかが分からない。

もしかしてこれはサボっているのではないか。

などといった堅苦しい考え方をするのである。

 

「そんなの、適当にしたらいいじゃない」

「なるようになるさ」

などといったことは考えもしない。

考えたくもない。 

真面目な人は、何をするにもなるべくなら成功に近づくように考えている。

適当にやって何かあってからでは遅いと考え、先の先を見越して考える。

いわゆる優等生というやつである。

それはそれでとても良いことである。

 

しかし、いつもいつも真面目に考えていては肩が凝ってしまうのは当たり前である。

 

「適当」という考え方は真面目な人こそ持つべきである。

「適当」とは「適度にする」といったニュアンスが含まれている。

 

適度にする...

つまり、100パーセントで考えていたことを70パーセントくらいに抑えて考える。

 

いつも100点を取りにいっていた優等生は、70点くらいを取れれば御の字だということである。

 

100点を取りにいっていた優等生が70点を取るなんて容易いことだ。

 

しかし、今まで真面目だった人が70点でいいと言われても、どのくらい適当にすればいいのだろうかと疑問に思うだろう...

真面目な人の悩みには、手を抜いたらサボっているように見られるのではないかといった悩みもある...

真面目な人の悩みは多いのである。

 

ずばり、答えは実践してみるしかない。

 

「適当」の具合はやってみるしかない。

いつも決まっているルーティンがあるなら、それをわざとやらない。

えいやっ!とサボってしまえばいいのである。

もちろん、人の迷惑にならないように。

今まで真面目だった人が多かれ少なかれ人に迷惑をかけても、周りは大目にみてくれるだろう。

 

気をつけたいのは、サボることに真面目になってはいけない。

サボり癖がついてはいけない。

時には、100点を取らなければならないこともあるのだから。

 

この「適当」の範囲、たぶんオーライだろうな範囲を見つけることができると、真面目なことが悩みであった人は、だいぶ楽な気持ちになるだろう。